4.食堂

全校生徒が集まり、手作りのあたたかい昼食をいただくことは、創立者の羽仁夫妻が願った教育の基本でした。そのため、当時の学校建築としては珍しく食堂が校舎の中心に設計されています。当初は部屋の左右に幾何学模様の大きなガラス窓があり、その外はテラスでした。しかし生徒が増えるに従って食堂に入りきれなくなり、ライトは帰国後であったので遠藤新が1923年(大正12年)頃、テラスに屋根をかけるなどして3か所の「小食堂」を増築しました。文化財修理の原則からすれば、後に改造されている部分はオリジナルデザインに戻すべきところですが、ここは改造されたままです。明日館の建物は1921年(大正10年)から建築がはじまり、最後に講堂が竣工したのは1927年(昭和2年)です。テラスがあった初期の頃の状態に戻すとなると、そのときはなかった講堂を取り壊すのか?という変な事にもなりかねないので、保存修理工事に際しては、講堂の竣工年1927年(昭和2年)を復元基準年としたので、増築後のままになっています。

 食堂の電灯の吊り具もライトらしいデザインで、この食堂にとてもよく合っています。しかしライトは最初からこの照明を付ける予定ではなかったようです。食堂の設計段階での電気配線図によると配線は部屋の4隅にいっていました。しかし建設途中でライトが現場を見に来た時に天井が高く、間が抜けた空間ができてしまったと思い、翌日電灯の吊り具の設計図を弟子の遠藤に渡し、それを付けるように指示があったというエピソードが残っています。

 東西の小食堂に置いてある古い長方形のテーブルと椅子は、この食堂で食事をするために作られたものです。当時の生徒が帝国ホテルで英語劇を開催し、そのチケットの売上金を資金にして、遠藤新に設計を依頼しました。限られた資金の中でも良い家具を作るためにと、当時安く手に入れることが出来た材木屋の規格材を組み合わせることで、製作費を抑えるという工夫がなされています。

現在は主に、中央の部屋に置いてある新しい正方形のテーブルと椅子を使用しています。保存修理工事の後、結婚式などで使うために、オリジナルを参考に現代の仕様に合った形のものを作りました。


  • 食堂1
  • リレー

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